
こんにちは!
茨城県守谷市
IROHA Pilates & Conditioning Studio
のHanae(はなえ)です。
「一人ひとりに寄り添う」
運動指導の仕事をしていると、よく使う言葉です。
私自身も 一人ひとりの身体を見て、
その方に必要なことを考えながらレッスンをしたいと思っています。
でも最近、
「寄り添うって、言うほど簡単なことじゃないな」
と思うことがありました。
知識があっても、経験を積んでも。
本当に「目の前の人を見る」ということは、実はとても難しいことなのかもしれません。
私たちは、自分の経験を通して人を見ている
人を見るとき、私たちはどうしても自分の経験を通して相手を見ます。
たとえば、自分自身が身体を動かして、
「これをしたら動きやすくなった」
「ここを意識したら痛みが減った」
という経験があれば、その経験は指導するときにも生きてきます。
もちろん、経験することはとても大切です。
私自身、自分の身体で感じたことから学んできたことはたくさんあります。
でも、
「私はこれでよかった」ことと、「目の前の人にもこれが必要」なことは、同じではありません。
これは子育てをしていても感じることがあります。
「うちの子はこうだったよ」
「私はこうしてきたよ」
経験があるからこそ、伝えられることがある。
一方で、その経験が知らないうちに「この子もきっとそうだろう」という見方につながることもあります。
そんな場面を見ながら、
「あれ、これって私もレッスンでやっているかもしれない」
と思いました。
教科書を知っているからこそ、目の前の人を見る
私はこれまで、身体についてたくさん勉強してきました。
身体には構造があって、筋肉や関節にはそれぞれの役割がある。
姿勢や動きを見れば、
「ここがこうなっているから、こう動いているのかもしれない」
と考えます。
それは、身体を見るために必要な知識です。
でも、教科書に「こう書いてある」からといって、目の前の人が必ずその通りになるわけではありません。
身体には、その人が過ごしてきた時間があります。
仕事も違えば、生活も違う。
運動経験も、身体の使い方も、感じ方も違います。
だから、
「この姿勢だから、ここが弱いはず」
「ここが硬いから、この動きをすればいい」
と、知識だけで答えを決めてしまったら、目の前の人ではなく、いつの間にか自分の中にある“その人像”を見ていることになるのかもしれません。
知識は必要。
経験も必要。
でも、それを答えにするのではなく、
「じゃあ、この人はどうなんだろう?」
と考えるために使いたい。
最近、改めてそんなふうに思い、言語化にたどり着いたと感じました。
寄り添うことに、正解はないのかもしれない
「寄り添う」という言葉は、とても優しく聞こえます。
でも実際には、その場で起きていることを見て、相手の反応を感じ取って、その瞬間にどうするかを考える。
しかも、相手が何を感じているのかを、すべて言葉で教えてもらえるわけでもありません。
だから難しい。
私も、
「あの声かけでよかったかな」
「もう少し待った方がよかったかな」
「違う方法もあったかもしれないな」
と、レッスンが終わってから考えることがあります。
きっと、何年この仕事を続けても、「これが正解」と言える日は来ないのだと思います。
それでも私は、諦めずに目の前の人を見ていたい。
自分の知識や経験だけで答えを決めるのではなく、その人の表情や動き、その日の身体の反応を見ながら、
「今日はどうだろう」
「この人はどう感じているんだろう」
と考え続けたい。
寄り添える優しさを持っていたい。
知識や経験が増えるほど、見えるものは増えていきます。
でも同時に、「わかったつもり」になることも増えるのかもしれません。
だからこそ、何年経っても、
目の前にいる、この人を見る。
そのことを忘れずにいたいと思っています。

IROHA Pilates & Conditioning Studio主宰 一ノ瀬 華恵